レーシックが開発されるまで
「メガネやコンタクトレンズから解放され、再び裸眼視力を取り戻したい」という
のが視力の悪い人の願いであり、レーシックという視力矯正手術が開発される
までにさまざまな紆余曲折がありました。
19世紀の中頃より、メガネなどの外部矯正器具を使用しない視力の矯正法が
研究されており、角膜に外科的な処理を加えて、屈折力を変えることで視力を
矯正できるのではという近視の治療法の研究は続けられていました。
そしてそれは、割れたメガネの破片で角膜を傷付けた少年が、治療後に視力が
回復していたのがきっかけで本格的にはじまったといわれています。
はじめて角膜に外科的な処理を加えた視力矯正の手術(後のRK手術)は当時
画期的な視力矯正の治療法として注目を浴びましたが、メスを使用して直接
眼球に切れ込みをいれていく手術であったため執刀する医師の技量が術後の
結果を左右するという視力矯正精度に関して欠点がありました。
このメスによる視力矯正手術の欠点を克服したのがエキシマレーザーを用いた
屈折矯正手術であるPRK手術で、レーザーを使うPRK手術はこれまでのRK
手術の抱えていた安全性と視力矯正の精度の問題を克服しました。
視力矯正手術は、メスからレーザーへと進化することで飛躍的に世間一般に
認知されるようになりました。
レーシックの基本的な理論は古くからあったのですが、それを実現するための
技術がなく、レーザーによる手術が登場するまでは蚊帳の外の理論でした。
エキシマレーザーが登場してからは1980年代にはいり、レーシックの臨床例
が増えて、1990年、ギリシアで正式にレーシックが始まりました。
その為、レーシック(lasik)は「Laser In Situ Keratomileusis」 とギリシャ語が
使われているわけです。
レーシックはPRK手術の問題点であった術後の痛み、削った角膜の再生・
術後の視力が安定するまでに時間がかかること、といった欠点をすべて克服
している技術であったため、急速に世間に普及することになりました。
1995年にはアメリカでエキシマライザーの安全性がアメリカ食品医療薬品局
の認可が下りたこともあり、2000年から毎年コンスタントに100万件以上の
手術が行われています。
日本では、2000年に厚生省がエキシマライザー治療を許可し、レーシックが
行われるようになりました。日本でもレーシック手術を受ける人は年々増加中で
価格も下がってきており、レーシックを手軽に受けられる環境が整いつつあります。